俺が大学生の頃の話だ。
桜も散ってしまい、狂ったように新歓コンパだの花見だので飲んだくれていた俺たちに束の間の休肝日が訪れていた。
俺は大学裏の川でいつものように鯉を狙って釣り糸を垂れていた。
柔らかな新緑が芽吹き始め、地面には虫が這い回り、深呼吸をするとほのかに草の微香が鼻をつく。
その匂いを嗅ぎながら釣りをするのが俺は好きだった。
ところが、この日の俺の注意は新緑やウキの動きよりも俺の傍らで釣りをする数人の男子学生に向けられていた。
この川で釣りをする学生は俺くらい(又は俺に引っ張ってこられた友人達)のもので、予期せぬプレデターの登場に俺は神経を尖らせていたのだ。
自分だけのマイ・ポイントで見知らぬグループが釣りをしている、と思えば、釣り人ならこの心のざわつきはご理解頂ける事と思う。
そんな漆黒のオーラを放つ俺を他所に、彼らは実に楽しそうに釣りをしていた。
そして俺が鯉を釣り上げた時、彼らは輝くような目で俺を取り囲んだのだった。
仕掛けや釣り方を彼らに聞かれるまま得意げに答える内、俺のオーラは漆黒から優しい若葉のような新緑色に変わっていた。
あれこれ話し込んでいると、彼らは今春入学した新入生であり、テニスサークルに所属しているという。
良く見ればテニサーにふさわしいイケメン達だった。
彼らが言うには、
「先輩達は新入生の女の子ばかり連れ回して遊んでいて、俺たちに構ってくれないんです。だから俺たちは男同士で釣りをしてるんです。」
との事であった。
これを聞いた俺の新緑のオーラは更に輝きを増した。
「そんなとこ辞めて、俺がいる剣道部かジャズ研究会に来ないか?」
と俺は訳の分からない事を言って、彼らにジュースをおごってやった。
そして、彼らが俺が分けてあげた仕掛けで魚を楽しそうに釣り上げるのを、目を細めて見ていたのだった。
この日以来、俺は釣り場で彼らと行き会う事は無かったが、3カ月程たったある日、大学構内で彼らとすれ違う機会があった。
彼らはイケメンらしく、爽やかな笑顔で俺に会釈をしてくれた。
そして、傍らの可愛い女の子と一緒に学食の方へ向かって歩いて行った。
俺は再び、漆黒のオーラを放ち始めた。