とうの昔に鬼籍に入った俺の母方の祖父は、元素潜り漁師だった。
高校生までは夏休みになると直ぐに祖父母の田舎へ帰省し、目の前の海で遊びつくすのが恒例行事だった。
朝起きたら釣り、帰って朝飯を食ったら昼まで素潜りで魚突き、昼間はテトラから飛び込んで遊び、夕方にはまた釣りをするという最高の暮らし。
海の怖さを知る祖父は、俺と兄が魚突きをしている間中、炎天下のテトラの上でじっと俺達を見守ってくれていた。
素潜りをしながらたまにチラッと祖父を見て、祖父が手をブンブン振っている時は
「帰ってこい」の合図。
その磯は潮が流れ出すと川のような流れになり、あっという間に沖へ流されてしまうからだ。
白いシャツとステテコを履いた真っ白な祖父が、遠くから手を振っている情景を今でも覚えている。
魚突きに使うヤスは市販の短い竹ヤスなので、獲物はアイナメやソイ等の底物とタコが中心で、俺はタコを獲るのが得意だった。
なぜ得意かというと、祖父から
「タコが入る穴」
を教わっていたからだ。
磯の中には岩の影や窪みやら、穴やら、色々な穴があるが、実はタコが入りやすい穴というのは決まっているのである。
言わば天然のタコつぼで、今日、タコを獲ってもまた翌日には別のタコが入っているという具合。
勿論、自然が相手なので毎日百発百中という訳にはいかないが、そういう穴を何か所か知っておけば、どれか一つにはタコが入っているのでボウズはほとんど無いのである。
こういう穴を見つけておけば、タコを獲れる確率は大きく上昇する。
穴の見つけ方
①丸い穴よりは横に長い穴
俺の経験上、横長の穴の方がタコが入りやすいと感じる。岩だけでなくて人工物でもこれは同じで、タイヤが沈んでいるのを見つけたら内側にタコが入っていないかチェックしてみると良い。
②貝やカニの殻が沢山転がっている場所
タコは食べかすを巣穴の周りに巻き散らかす修正があるので、貝殻やカニの殻を見つけた時は周囲をよく探す。タコは意外と砂地にも潜んでいるが、砂漠のような砂地でタコを探す時にはこれらが良い目印になる。
③一度タコを獲った穴
タコが入る穴は決まっている事が多いので、過去にタコを獲った穴は必ず覚えておく。
入る確率は穴によりマチマチだが、いつかは必ずまた入る。
ご存じの通り、タコは体色を変えて周囲と同化しているが、目の色を変える事はできない。
穴を覗き込むと、山羊の目にそっくりな黄色い目がグリン!と動いて俺を見る。
(西洋人がタコを悪魔だと嫌うのは、この目のせいかもしれない。)
ここから何秒かが勝負になる。