冬休みのある日、福島の祖父母の家に遊びに行っていた俺は一人で竿を担いで堤防へ向かった。
真冬の小学生の夜釣りである。
今なら危ない事この上無いと思うが、昔の田舎はそこら辺イージーで、特に咎められることも無い。
(というか、毎日の日課だった)
一緒に来ていた妹は熱を出して病院へ行ったらしい。
家から10分程度歩くと、夜釣りのポイントに到着する。
近所の堤防の先端、灯台の付け根がポイントだ。
いそいそと道具を下ろし、釣りの準備開始。
仕掛けはナス型錘にアイナメ針がついたハリスを結んだだけのシンプルなもの。
餌はサンマの切り身を塩で締めたものだ。
堤防の足元に仕掛けを落とし込んで、後は堤防に座って待つだけの釣りで、獲物が掛かれば投げ竿の先につけた鈴がリンリンと鳴る仕組みである。
狙いはソイ、ドンコ(エゾアイナメ)。
北の海で有難がられる美味しい魚達。
寒い中、じっと竿先を見つめていると、月明かりに照らされた竿がグイッと海側に引き込まれ、チリ、チリと鈴が鳴った。
竿を手に持つとグングンと引き込むようなアタリを感じ、釣りあげたのは30cmくらいのドンコだった。
そこから怒涛のドンコラッシュで、1時間の内に7、8匹のドンコを釣り上げた俺は意気揚々と釣り場を後にした。
堤防の付け根あたりで、港内を探り釣りしていたおっさんに声を掛けられる。
ビクの中を見せると、びっくりして
「どこで釣ったんだ?釣具屋で『ドジョウぶっこみゃ釣れる』と言われて頑張ってるんだけど、一匹も釣れなくて・・・」
との事。
釣り人なら分かるであろう、この高揚感。
誰かが釣れていないのに自分だけ爆釣というのは最高の一時なのである。
ましてや相手はナス錘とアイナメ針を投げ竿にぶら下げた俺と違って、高そうな磯竿だのフィッシングベストを着込んだおっさんである。
上機嫌の俺は丁寧にポイントと釣り方を教え、余ったサンマまでおっさんにくれてやると夜道を歩いて帰宅した。
台所に行き、一番大きいボウルにドンコ達をぶちまける。
するとそれを見た祖母が息を飲み、涙を浮かべていた。
「〇〇(妹)、熱出して▲▲先生の所に行って『精のつくもんさ喰わさせろ!どんこ汁さ喰わせろ!』って言われたんだよ。一念天に通ずだねぇ。」
俺は妹のことなんか一切考えずに釣りを楽しんだだけだったが、この話は祖母から近所の人に伝わり、俺は妹の病気(風邪w)を治す為に真冬の夜にドンコを釣りに行った関心な少年という事になった。
どんこ達は勿論、祖母が「どんこ汁」にした。